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昭和23年(1948年) 不惑倶楽部創立

戦後、まだ焼け跡の残る昭和23年の1月、不惑の年、四十を越えてなおラグビーへの熱い情熱を持ち続けていた創立メンバー七名(「7人の侍」と言われています)により発起人会が銀座木村屋で開催され、その年3月に最初の紅白戦が実施されて、世界で初めて40歳以上のラグビークラブとして「不惑倶楽部」は発足しました。
これに刺激を受けて同年4月に関西「惑惑」、2年後には九州「迷惑」が誕生、以後全国にこの流れが波及して、生涯スポーツとしての「不惑ラグビー」今日の隆盛の礎となりました。
さらに、1968年、日本遠征中のニュージーランド・オークランドの名門クラブ「ポンソンビー」の団長ら6名を三惑大会(不惑、惑惑、迷惑)に参加させたところ、おおいに感激し、カナダ、英国、等各国の仲間に喧伝したことを機に『不惑ラグビー』の潮流は世界的なうねりとなり、1979年からはゴールデン・オールディーズ・ワールドラグビーフェステイバルとして、国際的なシニアラガーマンの集いが実現しています。

歴史を重ねてきた不惑倶楽部の活動

創立以来、70年(2018年現在)にわたり、中高年齢者によるラグビー大会の開催と多数のラグビー試合を継続して実施するとともに、その経験を通じて中高年齢者がより安全かつ快適にラグビーを楽しむためのルール化を行うなど、ラグビーを通じての生涯スポーツの実践と啓蒙に努めた結果、今や国内の至る所に「不惑ラグビー」クラブが誕生する状況となり、ラグビーは日本の生涯スポーツの先駆けとなりました。

創立以来、当倶楽部は不惑ラグビー活動の先駆者を任じ活動してきました。
その誕生当時は、日本ラグビー界の指導的立場にあるものの集団として『模範試合』を心掛け、多くのラガーメンから敬意を表されていました。こうした歴史の積み重ねに立って、不惑会員は、心・技・体ともに不惑ラグビーの模範となるべく努めていく心がけが望まれており、先輩たちが築いてきた素晴らしい歴史のパスをつなぎ、さらなる精進を重ね、未来に向かい歴史を刻んでいく情熱と真摯な思いを共有して活動しています。

現在では、東京や関東地方、国内各地の地方会員を含め多くの仲間が所属しており、300人になりなんとする会員を有するに至っています。ラグビー活動は、東京での試合のみならず、国内やまた海外への遠征、来征してくれる国内外チームとの対戦、年間4~50試合を行う伝統の倶楽部として、内外に多くの交流先を得て、シニアラグビー界では幅広く認知されています。

そして、年代別のパンツの色分けなど、不惑倶楽部のルールのいくつかは、現在、世界のシニアラグビーの共通ルールとなっています。

平成12年(2000年)特定非営利活動法人(NPO)としてのスタート

生涯現役、スポーツが創り出す社会を創造し、平成12年(2000年)に「特定非営利活動法人(NPO)」となり、創立時の意志を引き継ぎ、歴史を重ねつつ、さらに時代の変化を見据えて、NPO法人として活動を続けています。

設立趣旨

21世紀に向かい、豊かで活力ある社会を築くためには、一人ひとりが自由に活動機会を選択でき、充実した人生を送れることが重要です。特に、体力や年齢に応じて生涯豊かなスポーツライフを楽しめる社会の建設は、国民全体に課せられた重要な課題だと考えています。
特に、少子・高齢化社会が現実となった将来、中高年齢者が、心身共に健康で、かつ、スポーツを楽しみながら実りある日々を過ごすことは、社会に活力をもたらし、人々に希望を与える道となると確信しています。このような状況の中で、中高年齢者に対し、生涯にわたってラグビーを楽しむ機会を提供することは、生涯スポーツの理念の実践と啓蒙の一環として、極めて有意義なものとなるに至っています。

ラグビーにとどまらない倶楽部ライフとその活動

活動の一環として、病院における介護ボランティア活動を毎月実施して、スポーツの振興と保健の増進の形で社会に貢献しています。少子・高齢化の傾向が強まり、生涯スポーツに対する需要が高まる今日において、不惑倶楽部の活動は、ます ます意義深いものとなっています。我々は、社会的に認知された団体として、従来以上に大きな公益を実現すべく、特定非営利活動法人の道を歩むことになり、会員にはラグビーから社会貢献まで、幅の有る倶楽部ライフをエンジョイして頂いています。